経供養舞楽蘇幕者(そまくしゃ)

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10月22日

蘇幕者(そまくしゃ)
 この舞の由来については、八世紀に林邑国わが国に伝えられた林邑楽の一つとも、中国西域高昌国(現在のトゥルファン)地方から中央へ伝わった散楽(さんがく)の一種である「褌脱舞(こだつまい)」が源流だともいわれている。こうした由来とは別に天王寺舞楽では、往事聖徳太子が馬上に洞簫(どうしょう)を吹きながら河内の亀の瀬峠を通りかかったおり、その妙なる音色に惹かれた信貴(しぎ)の山神が老猿の姿で現れ、うかれ踊ったという伝説に基づく舞であるとされる。
 また、この舞の伴奏に際しては横笛の主管(音頭)を特に「京不見御笛当役(きょうみずのおふえとうやく)」といい、襲装束に唐冠(とうかん)を着し太刀をはいた聖徳太子の姿に扮する。そして、太子が愛用されたという四天王寺秘蔵の「京不見御笛」を拝領し、舞台の階下でこれを吹奏する習わしになっている。
 舞は「出手」・「序」・「破」の三部からなる。冒頭「古楽乱声」のなか、毛縁裲襠(けべりのりょうとう)装束に蓑をかぶり、猿様白髪の容貌の仮面を着けた舞人が登台。次いで始まる「序」の楽には拍節がなく、鞨鼓(かっこ)と太鼓がフレーズの区切りを示唆して楽曲が進んでいく。特に太鼓は、疎から次第に密へと打ちあげていくこの曲独特の奏法をするが、この打法を「震動拍子(しんどびょうし)」と称している。舞人は楽曲に合わせ、ある時は軽快に、ある時は鈍重に太鼓のリズムにのりながら舞を繰り広げていく。「破」は二拍と三拍の複合拍子をとる「夜多羅(やたら)拍子」の曲で、舞人は右に左に跳躍したり、前後に小走りに駆けたり、めまぐるしい動作を展開しながら退出していく。…平成24年9月15日東京国立劇場「四天王寺の聖霊会・舞楽四箇法要」のパンフレット、蘇幕者(そまくしゃ)の解説より

☆こちらのページにも蘇幕者違う写真&解説有りますよ~! 在りません(2021年6月29日記)

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この記事へのコメント

あいまい
2013年02月14日 10:25
>老猿の姿で現れ、うかれ踊ったという伝説に基づく舞であるとされる。

そうでしたか~、いろんな解釈がありますね。
梅原猛さんによると、この蘇幕者は怒りの聖徳太子らしいです…まあ、歴史解釈は色々ですね。
想像して楽しむことにします^^
「秦氏の研究」図書館に探しに行きます。
そろそろ読むよ~、のんびりしてました^^;
aokitukiyo
2013年02月14日 11:26
あいまいさん、おはようございます。
ハイ、解釈は色々…
特に、梅原氏の著書では、何故か怨霊説が多いようで…
 当時?政権争いは、激しかった様で…(=韓流時代劇ドラマや中国時代劇ドラマを見るきっかけになったのは、王様(男性)は結構早死にで、妃(女性)は長生き=外戚の影響力大=一族の生き残り作戦?)…本を読んでも解り難いのが映像で見ると解りやすいかなぁ…と云う感じなのです。
 「秦氏の研究」は、本当によく研究されていますよ
例えば、三本柱の鳥居や、読み難い「名(=地名等)」に関しての疑問等々…(その時々の疑問の事柄しか読まないので=うろ覚えですけどネ)  つたない解説ではございますが…
では、ありがとうございます。
笑太郎
2016年10月07日 15:12
蘇莫者が猿の様な面立ちをしているは神猿の面であるからであり、言ってみれば「日本の孫悟空」。舞台を駆け抜ける様なこの舞独特の特殊な足運びも筋斗雲的な物で空を飛んでいる様子を表しているのかもしれません。
また同時に蘇莫者は蘇我氏を、笛方は聖徳太子を表しているとも言われ、舞人が笛に合わせて舞う姿は、蘇我氏さえも聖徳太子の前ではお釈迦様の手の上の孫悟空と言う意味を込めているのかもしれませんね。
aokitukiyo
2016年10月08日 23:52
「笑太郎」さん、いらっしゃいませ。
オッと、気が付くのが遅かった…
「蘇莫者」そうかもしれませんね。
本年も10月22日に経供養が大阪四天王寺さんであります。
では、ご訪問、ありがとうございます。

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